「夫婦で意見が違ったまま、それでも息子にとってマイナスにならないやり方はあるのか」という問いですが、私は、夫婦で考え方を完全に統一する必要はないと思います。
むしろ、20年近く一緒に暮らしてきた夫婦なら、子どものことで意見が違うこと自体は、そんなに珍しいことではないのではないでしょうか。
大切なのは、「同じ考えになること」よりも、「子どもの前でどう振る舞うか」なのだと思います。
お父さんが「甘やかしてはいけない」と考えるのも、息子さんの将来を心配しているからなのでしょう。
ただ、心配から出た言葉であっても、「働かざる者食うべからず」と言われたり、朝からドアを叩いて起こされたりすることが、今の息子さんにとってどう作用するのかは、別に考える必要があります。
「お父さんが将来を心配していることは分かっている。でも、今の息子にはこの関わり方は負担が大きいと思う」
というふうに、「父親が間違っている」という話ではなく、「今の息子に合っているか」という話にできるといいのかもしれません。
そして、夫婦で意見が違う場合は、「方針を統一する」のではなく、「最低限のルールを決める」という方法もあると思います。
例えば、
・学校に行くかどうかについて、息子の前で夫婦が言い争わない
・「学校に行け」「甘えるな」など、責めるような言葉は使わない
・朝の起こし方については、息子の状態を見ながら方法を決める
・学校のことを話すときは、本人が話せる状態かどうかを見る
・一定期間この方法でやってみて、親子や学校の状況を一緒に振り返る
などです。
「お父さんも私と同じ考えになって」と求めるのではなく、
「待つことが正しい」と納得してもらう必要はありません。
「今の息子に必要なのかもしれないから、一度試してみよう」というところまで合意できれば十分です。
そして、先週息子さんの前で言い争ってしまったことについても、そこまでご自分を責めなくていいと思います。
確かに、息子さんは「自分のせいでお父さんとお母さんが喧嘩している」と感じたかもしれません。
「この前はあなたの前でお父さんとお母さんが言い争ってごめんね。あれはお父さんとお母さんの問題で、あなたのせいじゃないからね」
親が一度も喧嘩しない家庭なんて、なかなかありません(私もやってしまいます)。
それよりも、「自分のせいではない」と子どもに伝え直すことのほうが大切なのだと思います。
そして、お父さんには「息子を学校に戻す役割」を担ってもらわなくてもいいのかもしれません。
一緒にゲームをする。
好きなものの話をする。
コンビニに行く。
何でもない話をする。
学校とは関係のないところで、父親と息子としてつながってもらう。
お母さんが「待つ」役割を担い、お父さんが「いつも通り接する」役割を担う。
そんなふうに、夫婦で違う役割を持つことだってできます。
お父さんの「何とかしなければ」という気持ちも、お母さんの「今は待ちたい」という気持ちも、どちらも息子さんを心配しているところから出ているのだと思います。
それだけでも、息子さんにとっては大きな安心になると思います。