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不登校ミーツ

起立性調節障害と診断された高2の娘。これは不登校と考えるべきなのでしょうか

不登校ミーツ運営さん ・ 2026年8月20日

高校2年の娘のことでご相談します。 昨年の冬から朝起きられなくなり、小児科を経て、循環器で起立性調節障害と診断されました。血圧を上げる薬を処方されて半年になります。 朝は本当に起きられません。声をかけても反応がなく、体を起こそうとすると気持ち悪いと言います。実際に立ち上がった瞬間に倒れたこともあり、これは気持ちの問題ではないのだと理解しています。 午後になると回復して、夕方は普通に会話できますし、友達とも連絡を取っています。夜は元気です。そして翌朝、また起きられません。 病院では「成長とともに改善することが多い」と言われました。それを信じたい気持ちはあります。ただ、その間に高校の単位は流れていきます。 私が分からないのは、これを身体の病気として扱えばいいのか、不登校として扱えばいいのか、という点です。医師は身体の話しかしません。学校は出席日数の話しかしません。誰も、娘の気持ちの部分に触れていない気がします。 娘自身は「みんなは普通に起きられるのに」とこぼすことがあります。その言葉が引っかかっています。 身体の症状と心の部分、どちらから手をつけるべきなのでしょうか。カウンセリングは意味があるものでしょうか。

カウンセラーの回答(3件)

ベストアンサー

シルバー

社会福祉士・精神保健福祉士

まず、「身体の病気なのか、不登校なのか」と分けて考えなくてもいいのではないかなと思いました。 起立性調節障害によって朝起きることが難しく、結果として学校に行けないのであれば、それは身体の症状によって生じている「不登校」という状態として、どちらも一緒に考えていいのではないでしょうか。 私自身も、小学校高学年の頃に起立性調節障害で朝起きられない時期がありました。当時は「首根っこを捕まえてでも学校に行かせる」ような風潮があったので(笑)、休むことも保健室登校もなく、何とか普通に教室で授業を受けていました。 今振り返ると、身体がしんどいことと、「みんなは普通にできるのに、自分はできない」という気持ちは、別々のものではなかったんだと思います。 娘さんの「みんなは普通に起きられるのに」という言葉は、私もとても気になります。 病気そのものだけではなく、「自分だけできない」「このままで大丈夫なのかな」という不安や、自分を責める気持ちが出てきているのかもしれません。 だからこそ、カウンセリングにも意味はあると思います。 「不登校の原因が心にあるからカウンセリングをする」ということではなく、身体の症状によって学校生活が思うようにいかない中で、本人が抱えている不安や悔しさ、周囲との比較、学校や単位への心配などを安心して話せる場所として、カウンセリングを利用してみてもいいのではないでしょうか。 身体の治療は医療に任せながら、学校との調整や単位のことを学校と相談し、本人の気持ちはカウンセリングなどで支えていく。 「身体か心か」ではなく、今の娘さんを丸ごと支えていく、という考え方でいいのだと思います。 そして、お母さんが「これは気持ちの問題ではない」と娘さんの身体の辛さを理解していること自体が、とても大きな支えになっているのではないでしょうか。
ゴールド

公認心理師・精神保健福祉士・臨床発達心理士

ご相談ありがとうございます。 朝は本当に起きられず、実際に倒れたこともあり、午後からは元気になる――その様子を毎日見ていると、「これは身体の病気なのだ」と理解しながらも、学校や進路のことを考えると焦ってしまいますよね。さらに娘さんの「みんなは普通に起きられるのに」という言葉を聞くと、身体の症状だけでは捉えきれない苦しさも感じられると思います。 まず、「身体の病気なのか、不登校なのか」と二つに分けなくて良いです。 起立性調節障害によって朝起きられず、結果として学校に行けないのであれば、それは身体的な症状が学校生活に影響している状態です。一方で、学校に行けない期間が長くなれば、「このままで大丈夫なのか」「友達から遅れてしまう」といった不安や落ち込みが生じることもあります。 つまり、身体と心のどちらかが原因なのではなく、身体のつらさと、それによって生じる心のつらさが影響し合っていると考えると分かりやすいと思います。 また、娘さんの「みんなは普通に起きられるのに」という言葉は、とても大切にしてほしいと思います。 「病気なんだから仕方ないよ」と励ますだけではなく、「起きたいのに起きられないのって、つらいよね。みんなと同じようにできないって感じることもあるよね」 と、まずはその悔しさや孤独を受け止めてあげてください。 そして、カウンセリングにも意味があると思います。ただし、「心の問題を治して朝起きられるようにする」という目的ではなく、病気によってできなくなったことへの喪失感、周囲から理解されない苦しさ、友達や進路への不安などを安心して話せる場所をつくることに意味があります。身体症状がすぐに改善しなくても、「今の自分のことを分かってくれる人がいる」ということが支えになることがあります。 また、学校についても「出席できるか、単位が取れるか」だけではなく、今の身体の状態で、どうすれば学びや人とのつながりを保てるのかを一緒に考えてもらえるとよいでしょう。午後からなら活動できるのであれば、時間帯をずらす、別室やオンラインを利用するなど、学校側に調整できることがないかぜひ相談してみてください。 「治るまで待つ」か「無理して学校に戻す」かの二択ではありません。 身体の治療を続けながら、心の負担を減らし、今できる形で学校や社会とのつながりを残していく。 その三つを同時に支えていくことが、今の娘さんには大切なのではないでしょうか。 そして何より、「普通に起きられない自分」を責めなくて済むこと。病気があっても、学校に行けない時期があっても、娘さん自身の価値が下がるわけではないと感じられること。それも、回復を支える大切な土台になると思います。
シルバー

公認心理師・臨床心理士・認定専門公認心理師

ご質問ありがとうございます。 まず、「身体の病気なのか、不登校なのか」と分けて考えなくて大丈夫だと思います。 起立性調節障害は、朝に症状が強くなり、起床や登校が難しくなることのある身体の病気です。実際に倒れた経験もあるとのことですので、「気持ちの問題」と考える必要はありません。 一方で、身体の症状が続けば、「みんなは普通に起きられるのに」という焦りや孤立感、学校への不安など、心の負担が生じることがあります。これは「病気は心が原因」という意味ではなく、身体のつらさに心も影響を受けるということです。 ですので、身体の治療を続けながら、娘さんの気持ちにも目を向けていく、という両方からの支援が大切だと思います。日本小児心身医学会も、ODでは心理療法として、身体症状のつらさや学業への焦り、周囲に理解されないことによる傷つきを聴くことを挙げています。 カウンセリングも、「登校できるようにするため」だけではありません。娘さんが「分かってもらえた」と感じられる場所をつくり、病気を抱えながら学校や友人関係、自分自身とどう付き合っていくかを一緒に考えることにも意味があります。 お母さまが「身体なのか心なのか」と迷われるのは、それだけ娘さんをきちんと理解したいと思っていらっしゃるからだと思います。身体の治療と心への支援は、どちらか一方を選ぶものではなく、並行して考えてよいものです。 また、単位や出席については、医療機関と学校の双方に現在の状態を共有し、学校側と具体的な配慮や学習の進め方を相談していくことも大切です。ODでは学校との連携や環境調整も重要とされています。 この回答が質問者さまのお役に立てればよいなと思っております。

公開Q&Aの回答は、資格を持つカウンセラーによる一般的な情報提供です。お子さんを直接診ての診断・治療ではありません。 医療的な判断が必要な状態や、すでに主治医がいる場合は、その方針を優先してください。

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