10ヶ月という時間を考えると、朝、自分で起きてくるようになったこと、リビングで過ごす時間が増えたこと、一緒にスーパーに行けたこと、先生と少し話せたこと。
どれも本当に嬉しい変化ですよね。
そして同時に、「怖い」と感じるのも、とてもよく分かります。
一度、息子さんが少し動けるようになったときに「学校に行ってみる?」と声をかけたら、その翌日からまた閉じこもってしまった。
だから今回は、
「喜んでいいのかな」
「また期待しすぎたらいけないかな」
と、ブレーキを踏みたくなるのだと思います。
私は今回、「学校に戻るための変化」と考えなくてもいいと思います。
朝起きられるようになった。
リビングに出てこられるようになった。
お母さんと外に出られた。
先生と少し話せた。
これは、それだけで大きな変化です。
「学校に行けるようになるための一歩」ではなく、
「生活の中で、できること・安心できることが増えてきた」
と捉えてみてはどうでしょうか。
不登校になると、親はどうしても「次は学校」と考えてしまいます。
起きられた。
↓
外に出られた。
↓
人と話せた。
↓
じゃあ学校にも行けるかも。
でも、本人の中では必ずしもそうとは限りません。
スーパーには行けても学校には行けない。
先生とは話せても教室には入れない。
家族とは笑えても、同年代の集団には戻れない。
こういうことは十分あります。
だから、今できていることを「登校への点数」のように評価しなくてもいいと思います。
そして、「何もしないのが正しいのか」というところ。
私は、何もしない必要もないと思います。
ただし、今は「学校に向けて何かをする」のではなく、
今できていることを一緒に喜ぶ
くらいでいいのではないでしょうか。
「自分で起きてきたね」
「最近リビングにいる時間増えたね」
「この前スーパー一緒に行けて楽しかったね」
「先生と話せたね」
そんなふうに。
「じゃあ学校は?」
を付け足さない。
これ、結構大事だと思います。
息子さんからすると、
「何かできるようになるたびに、学校に戻そうとされる」
という経験になってしまうと、安心して動けなくなることがあります。
「できたことが、できたことのまま喜んでもらえる」
という経験を重ねることも、回復の一部だと思います。
では、いつなら「次の一歩」を促していいのか。
私は、親が「そろそろかな?」と感じたことよりも、本人側からサインが出てくることを一つの目安にしていいと思います。
例えば、
「学校って今どうなってる?」
「○○先生どうしてるかな」
「友達はどうしてるかな」
など、本人から学校の話題が出てくる。
「そう思ってるんだね。もし何かやってみたいことがあったら、一緒に考えるよ」
くらいに返してみる。
すぐに「じゃあ来週行ってみよう!」まで進めなくていいんです。
逆に、学校の話をすると明らかに表情が曇る、会話が止まる、部屋に戻る、体調が崩れるなどがあるなら、まだその話題自体が負担なのかもしれません。
そして、もう一つ。
「本人から学校の話が出ない=何も考えていない」
とも限りません。
考えていても、怖くて言えないこともあります。
だから、「学校の話をしないから、まだ早い」と断定する必要もない。
もし少し確認したいのであれば、
「最近、少し元気になってきたように見えるけど、学校のことは今どう感じてる?」
と一度だけ聞いてみてもいいと思います。
ここで、
「行かなきゃとは思ってる」
と言えば、その気持ちを聞く。
「考えたくない」
と言えば、「分かった」で終わる。
「分からない」
でも、それで終わっていい。
大切なのは、答えを引き出すことではなく、
学校のことを話しても、すぐ登校の話にされない
という安心感を作ることだと思います。
そして、前回のことを「親の失敗」として抱えすぎなくてもいいと思います。
息子さんが閉じこもったのは、「お母さんが学校の話をしたから」という一つの原因だけではないでしょう。
その時点では、まだ学校に向かえるほどの回復ではなかったのかもしれません。
お母さんも、息子さんが元気になってきたことが嬉しくて、「この先」を考えただけです。
それは自然なことです。
だから今回は、前回の経験を活かして、
「元気になった=学校に戻れる」
とは考えない。
でも、
「元気になってきた=何もせず待つ」
とも考えない。
その間に、
「今の息子が安心してできることを増やしていく」
という道があります。
こういう一つ一つを、「学校に行くための練習」にしなくていい。
息子さんの今の生活そのものを少しずつ広げていく。
その先に学校があるかもしれないし、別の居場所があるかもしれない。
そして、もし本人が「ちょっと学校に行ってみようかな」と言ったときには、そのとき初めて、
「じゃあ、どうしたら一番楽に行けそう?」
と一緒に考えればいいと思います。
一時間目から行かなくてもいい。
教室じゃなくてもいい。
先生に会うだけでもいい。
校門まででもいい。
「行く・行かない」の二択にしない。
そして何より、
今回の変化を、学校に戻れるかどうかで採点しないであげてほしいです。
「学校にはまだ行けないけど、前より笑うようになった」
それもちゃんと回復です。
「学校にはまだ行けないけど、家の外に出られるようになった」
それも前進です。
「学校の話はしないけど、自分からリビングに来るようになった」
それも大きな変化です。
お母さんが今回怖いと思えたこと自体、前回とは違います。
前回は「嬉しい!次は学校!」だった。
今回は「嬉しい。でも、急がないほうがいいかもしれない」と立ち止まれている。
それだけでも、息子さんとの関わり方はもう少し変わってきているのではないでしょうか。
今は、扉が少し開いてきたところなのかもしれません。
その扉を、学校へ向かわせるために押すのではなく、
「開いたままにしておく」くらいでいいのだと思います。